第四章
小人と海竜と光の戦士


 コウルスの眉間にしわが刻まれる。
「……もう一回言ってみろ」
 手前にいる少年は、小馬鹿にした笑みを浮かべて答えた。
「へへん、ちーび」
 ぴくり。こめかみがひきつった。
「誰がちびだと?」
「お前しかいねーじゃんか、ちび」
 ぴくぴく。
「……お前だってちびじゃないか」
「俺はまだ子供だから大きくなるもんねぇ」
「……」
 やりとりを見ていたブリーズが、おっかなびっくり肩をつかんだ。
「お、おいコウルス……もうその辺にしておけよ」
「黙れ。貴様は図体がでかいから私の気持ちが分からんのだ」
 一刀のもとに切り捨てられる。よほど身長のことを言われて癪に障ったのだろう。ブリーズは大げさに嘆息してみせた。
 ここは小人の村、トーザス。カナーンの町からさらに先へ行き、道を知っているというデッシュの案内に任せるまま、一行は森へと到着したのだった。時折ふざけて道を間違えたおかげで、外に出ることも適わなくなってしまい。
 偶然そこで見つけた不思議な色をした泉で休息をとることになったのだった。そこの周辺には不思議と魔物が出ず、そこで試しに、と新たに入手した魔法『ミニマム』を使った。そこで彼らは小人を見つけたのだった。
 話を聞いてみると、どうやら近くに小人の住む村があるらしい。そのままの姿で南に行ってごらん、という親切な助言に従い、そのまま歩いていくことにした。
「俺の言ったことに間違いはなかっただろ?」
 デッシュはすっかり有頂天だった。得意そうに胸を反らしている。
「……あのな……元々適当な案内で迷ったのは誰のせいだよ」
 呆れたブリーズがそう言うも、男の耳には入っていない。
「しっかし、ちっさい人が暮らす村! 近くにまで来たことはあるが、誰も知らない小人達の村! いいねえロマンだぜ! おいシエル、お前もそう思うだろ!?」
 いきなり引き合いに出され、シエルは柄にもなく戸惑った。
「へ、え、あ、おう……」
「だろー!? そうと決まれば早速ゴーだぜ!!」
 勝手に歩いていってしまうデッシュを、シエルを除く三人は呆れ顔で追いかけたのだった。
 そして――現在に至る。コウルスはぶつかってしまった小人の少年にちびと言われ、喧嘩腰になっている。イルシオンはいつものごとく、どこかをふらふらと歩いているのだろう。追いかけるよりも先に、ここでエアロが炸裂しないかどうかのほうが、ブリーズには心配であった。

「やー、何だか不思議だなー!」
 デッシュは小道を歩きながら、大きく伸びをした。
「何がだよ」
 その隣について、シエルが尋ねる。
「いやさ、俺がこうやって小人になって歩いてるってことがさ。普通考えたらそういうことってあまりないだろ?」
「まあ……そうだけどよ」
「だからさ。普通考えたらあまりないようなことに、俺が今なってる。これってすげぇ幸運じゃないか?」
「……そうなのかもな」
「だろー?」
 外見はともかくとしても、傍目から見ればいい雰囲気なのだろう。時折すれ違う小人が、うらやましそうに視線を投げてくるのが分かる。
 だがシエルには、それが苦痛でならなかった。
「あれ、でもそれ考えたら、あの竜にさらわれたのも幸運ってやつなのかね? そしたら俺ラッキーマンじゃねえか」
 楽しそうに話を続けるデッシュは、とてもきらきらとしていて眩しい。そう見えてしまうことによって、シエルは自分の想いを再確認してしまうのであった。叶わない想いと、その理由を。
 デッシュには恋人がいた。カナーンで寝込んでしまっている、サリーナという娘だった。寝顔しか見ていないけれど、とても優しく可愛らしい顔立ちをした娘だった。
 ここに来る前に、デッシュがどうしても、と言った理由。今思えば、それは長くなる旅路の中で、せめて愛しい人の顔を忘れまいとするために、そう言ったのだと分かる。
 去り際に、うわ言でデッシュの名を呼ぶサリーナに、彼は額に口付けを送ったのだった。
(分かってる)
 シエルは心の中で呟く。
(こいつに惚れたって、俺はあの子の代わりにはなれねぇ……)
 デッシュは、不意に黙り込んでしまったシエルに疑問を抱いたらしい。ひょいと顔を覗き込んでくる。
「どーした?」
「……何でもねえ」
 唇を噛み締め、シエルは大股で先へ歩いていった。こんな情けない顔は誰にも見せられない。好いた相手には、なおさら。
 涙だろうか、視界が歪む。頭もくらくらしてきた。泣けたら楽だろうか。ふとそんな考えがよぎった。
 デッシュが驚いたように声をあげ、駆け寄ってくるのが見える。ぼやけたその姿は、やがて黒に塗りつぶされた。

 何とか口論を終了させ、ブリーズはコウルスをその場から引き剥がした。
「ったく、お前ってよー」
「うるさい。気にしていることをむやみに言うほうが馬鹿なんだ」
 まだ興奮しているらしいコウルスをなだめ、ブリーズはふと視界の隅に見えた影を目で追った。
「イル? どうした?」
 イルシオンが手招きをしている。酷く慌てているようだ。半ば引きずるようにしてコウルスを連れていき、そばに来てから再度尋ねた。
「何かあったのか?」
「シエルが倒れた」
 短い言葉は、その分だけ衝撃を与える。二人は思わず顔を見合わせた。
「何?」
「俺もよく分からない。今はデッシュが看ている。とにかく、早く」
 言い終わるなり、マントの裾を翻して駆けていく。それに置いていかれないように、二人もその後を追った。
 小人たちが集まっている。輪の中央に、シエルとデッシュがいた。
「シエル! デッシュ!」
「ああ、あんたらか! 遅いって!」
 デッシュの表情は真剣だ。
「話をしてたら、急に倒れこんじまったんだ! すごい熱なんだよ!」
 コウルスが手を伸ばしてシエルの額に触れ、眉をしかめた。
「……酷い熱だ。竜から逃げるときに、傷口から雑菌でも入ったのか。うかつだった……」
「とりあえず、きちんとした治療ができるところはねぇのか?」
 ブリーズが近くの小人に尋ねると、小人は村の一番奥を示した。
「あそこに、村で一軒しかない医者がいるんだよ。シェルコ先生ならきっと何とかしてくれると思う」
 それを聞くと同時に、デッシュはシエルを背負って走り出した。
「待ってろよ坊主! 俺がすぐに連れてってやるからなぁ!!」
 呆気にとられている余裕も無く、残された三人はまたもやデッシュの背中を追うことになった。



「はい、これで終りです」
 ベッドに寝かされたシエルは、ようやく落ち着いたように寝息を立てはじめた。ブリーズがその寝顔を確認し、医者へ向き直る。
「しっかし、あんたもうっかりしてるな。医者が腹痛って」
 乾いた笑い声を立てて、村でたった一人の医者は目をそらした。
 今はシエルが寝ているベッド、つい先ほどまで先生自らが寝ていたのである。原因は食中毒、毒消しが無かったならば今頃あの世行きだったらしい。
「礼を言わなければなりませんね」
 コウルスの言葉に、シェルコは人のよい笑顔で手を振った。
「何、いいんですよ。私の命を助けていただいたお礼です」
 言いながら、彼は茶を注ぎ分ける。
「ささ、どうぞ。皆さんお疲れでしょう。お連れさんがよくなるまでお休みください」
「しかし……」
「いいんですよ。それにしても皆さん……こんな辺境の村に何かご用事で?」
 ブリーズとコウルスは、交互に現在の状況を説明した。自分たちは旅をしていて、この先にあるというミラルカの港を利用したいこと。そこからさらに向こう側に行きたいということ。簡単な説明ではあったが、シェルコは神妙な顔でうなずき、窓の外を示した。
「そちらの古井戸に、ミラルカの港へ続く通路がありますが、危険です。魔物が出る……しかし、あなたたちならここを通ることができる気がします。あなたたちの目に宿る光は、他の人のどれとも違う……きっとできるはずです」
 医者は眼鏡を押し上げ、それからポットを手に取った。
「さあさ、とりあえず今はゆっくり休んでください。狭いですけれど」
 その言葉と同時に、小人の女性が数人入ってきた。暖かそうな布団が何枚も運び込まれる。ふかふかのそれは、どうやら旅人たちへの気持ちのようだ。
「はい、これもどうぞ。うちの息子がごめんなさい」
 手渡された包みには、焼きたての焼き菓子が入っていた。言葉から察すると、どうやらコウルスが言い争っていた少年の母親らしい。
「ああ……いえ、そんな。いいんですよ」
「いいえ、とんでもない。見知らぬ人にそんな失礼なことをしてしまったのですもの。これくらいはさせてくださいな」
 女性はにこりと微笑み、一礼して去っていった。シエルが起きるまでとっておくことにして、四人は敷かれた布団の上に荷物を置き、しばらくシェルコとの会話を楽しむことにした。



 ぎゅ、と帽子を被りなおし、ブリーズは不満そうに二、三歩歩いてみた。
「……動きづらいなぁ」
「仕方ないだろう。小人のままでは通常攻撃が効かないんだから、文句を言うな」
 ぶつぶつとコウルスに聞こえないように文句を言いながら、ブリーズは邪魔な袖口にぐるぐると布を巻いた。ついでにブーツの上からも同じことをする。
「何をしてるんだ?」
「こーしねぇと動けねえんだよ。俺、行動が制限されるの嫌いなんだよな」
「……わがままをいうな」
 隣の部屋では、デッシュがシエルに黒魔導師のローブを渡している。シエルの熱はすっかり下がっており、再発の心配もないそうだ。
「俺様のチョイスさ!」
「……あっそ」
 半ば呆れた顔をして、シエルは服を受け取る。それから着替えようとして、まだいるデッシュに気づく。
「お、お前……何見てるんだよ!! 出てけ!!」
「お気になさらず。ってか男同士なんだから恥ずかしがるなよー」
「馬鹿っ!! 俺は女だって言ってるだろが!! 出てけ、出てけえぇぇえぇ!!!」
 シエルが回復してから初めての蹴りが、デッシュの顔面に綺麗に決まった。

 シェルコ先生に別れを告げ、小人の村の住人に見送られながら、一行は井戸へと入っていった。中はじめじめと暗く、時折魔物の咆哮が遠くから響いてくる。
「……うぇ」
 シエルは口元を押さえる。
「どうした?」
「……ヘドロが腐った臭いがするぜ……きもちわり、早く行こうぜ」
 吐く? とわざとらしく背中をさするデッシュを肘で打ち据え、シエルが言う。
 確かに、ここの空気はあまりよくない。澱んでおり、言われたとおり腐った臭いがする。ぬかるむ足下に注意しながら進んでいくことにした。
「しっかし……歩きにくいな……」
「我慢しろ」
 羽織ったマントの裾をつまみあげながらコウルスが言う。
「私なんか汚れが目に付くんだからな」
「そんな服着てるからだろーが」
「何を言うか。白魔導師を馬鹿にする気か。謝れ、この世界中で白魔導師をしている皆さんに謝れ」
 ジト目でにらみあげながら恨み言を言うコウルスに、ブリーズはとりあえず形だけ謝っておいた。
 と、イルシオンが急に身構えた。動物的な感覚に優れた彼には、姿の見えない魔物の気配を感知したのだろう。
「敵か!?」
「四体いる。油断するな」
 それから低く詠唱を開始する。と同時に、魔物が四体現れた。獲物を見つけ、歓喜の声を発している。
「ひぇー、すげぇな、ここまででっかいんだなぁ」
 のんきに見上げているデッシュの首根っこをわしづかんで後方に放り投げ、シエルはそのままモンスターに突っ込んでいった。続いてブリーズも。
「しゃらくせぇ、まとめてぶっ潰してやる!!」
「丁度いい、腕試しだ!!」
 コウルスは止めず、小さくため息をついた。
 当然結果は――
「馬鹿」
「……はい」
「あれだけ直接攻撃は通用しないと言ったよな」
「おっしゃるとおりです……」
「話は聞いていたよな?」
「……はい」
 あの後、二人はそのまま魔物に吹っ飛ばされてしまったのである。イルシオンが必死になって魔法を連発し、何とかその場は事なきを得たのだが、二人の傷はいつもよりも酷いものになってしまった。
 そのことについてコウルスが説教を行っている最中だ。ぬかるむ床の上に正座をさせられ、くどくどとお説教。惨め……というよりは、恥ずかしい。
「何でわざわざジョブチェンジをしたにも関わらず、殴りこんでいくんだ」
「条件反射です……」
「仕方ねぇだろうが、そういう風に体が動くんだからよぉ」
 シエルの言葉を鋭い視線で黙らせ、コウルスは続ける。
「いいか。腕と足を縛られてその場に放置されたくなければ……勝手に動くのはやめてもらうぞ」
 コウルスは本気だ。文句を言いたげなシエルの手の甲をつねり、ブリーズは目配せした。
 実際、ブリーズはやられたことがある。何のことだったかは覚えてなかったが、前の世界にいたとき、「ホーリーをかけて瀕死の状態にしてから沼地に放置する」と言われ、まさにそのままの状態で飛空挺から落とされたことがあった。思い出しても血の気が引く。
「申し訳ございませんでした!」
 土下座で謝ると、コウルスも小さくうなずいた。シエルはまだ不満そうだったが、後でこの話をすれば納得するだろう。恐るべしは白魔導師。
「やーしかしかっこよかったぜぇー? 二人とも」
 デッシュがおかしそうに笑いながら、ばしばしと肩をたたいてくる。
「敵に突っ込んでいって玉砕! いいねえいいねえ、男の鑑だぜ」
「俺は女だ!!」
「まーまー、その辺はさておいて」
「さておくな!!」
 ブリーズは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
 それから、前衛の二人は慣れない魔法を必死に使い、時折コウルスやイルシオンから指示をもらいながら戦っていた結果、無事に出口へ到着することができた。流れ込んでくる新鮮な空気がうまい。
「出口だー……!!」
 ミニマムの魔法で元の大きさに戻ると、ブリーズがずれた帽子を思い切り脱ぎ捨て、大きく伸びをした。太陽の光が眩しい。普段の視点であることが、途方もなく素晴らしいことに感じられた。
「もう魔法は使わなくてもいいんだな……」
 どこかぼろぼろのシエルが呟く。心底ほっとしているようだった。
「先に進もう。とにかく船を借りられれば、行動範囲がぐっと広がる」
 イルシオンは流れてくる潮の香りが珍しいのか、何度も深呼吸をしている。それから何かを見つけたらしく、ブリーズの肩をたたいてそこを示した。
「ブリーズ、あそこに何かが見える」
「お、あれか?」
 遠くにあるのはどうやら洞穴らしい。よく見れば、近くには船を留める港らしき形もあった。
「よし、行ってみようぜ」
 果たして、一行はその怪しげな洞穴に向かうこととなった。



 すさまじい轟音、とどろくのは暴れ狂う海神の声。
 津波は幾度となく船を飲み込もうと牙をむき、水流は渦を成して船を沈めようとする。
 海神ネプトの怒りは鎮まることを知らず、その叫びは何かを訴えるも、届かぬまま歳月は流れ……

「つまりは、その海の神様ってのが暴れてるから船は出せねぇってことなのか?」
 ブリーズは再度尋ねた。
「……すまねぇ」
 まだ若い男は、本当にすまなそうに頭を下げた。
 イルシオンが見つけた洞穴は、海の住人といわれるヴァイキングのアジトであった。いわゆる海賊だが、彼らはそのことに対する誇りを持っている。義賊でもあった。陽気で快活だといわれている彼らであるはずだが、今は皆やけになったように酒を飲み、うなだれている。
 頭領は、と尋ねたところ、この男が現れたというわけだ。名前はウォレン。ヴァイキングたちをまとめる、若き頭だった。
「参ったな」
「本当にすまねぇ……俺たちも何とかしてやりてぇところだが……食いつないでいくのがやっとよ……」
 どうする、とブリーズが目配せする。四人も顔を見合わせた。
「ネプト竜っつのをぶっ倒せばいいだけじゃねぇのか」
 シエルが息巻いて言う。今にもそのまま海に飛び込んで、ネプト竜と格闘してきそうな気配だ。
「俺もそう思うんだが……」
 ブリーズも言葉を濁し、ウォレンへと視線を戻す。彼はうなだれて弱弱しく首を振った。
「無理だ。あの竜は海の守り神だ。その守り神が暴れてるってことは、海そのものが暴れてるに等しい。海を倒すことなんざ、一体誰ができるんだ? ……俺の親父も……五年前に、ネプト様に挑んで死んじまったんだ」
 沈黙が降りる。シエルはイライラしたように足を踏み鳴らし、ブリーズも頭を掻いた。
 と、コウルスが静かに問いかけた。
「……ネプト竜を何とかすれば、船を出していただけるのですね?」
「おう……無理だろうがな。だが何とかしてもらえりゃ、出すだけじゃなくて船をくれてやるよ」
 力なくそう呟くウォレン。コウルスはしきりにうなずき、それから再度尋ねる。
「何か……竜を祀る場所か何かはありますか」
「ここから少し戻ってから右手に行くと、小さな半島がある。そこに神殿がある」
 コウルスの言いたいことが分からず、四人は首を傾げる。一方の彼は礼を言い、得意げににやりと笑ってみせた。
「行くぞ。そうと決まれば早速出発だ」

 半島の岬、そこに神殿はそびえていた。白い石で作られた美しい姿を、日光と潮風にさらしている。
 しかし、晴れているのはここだけだ。少し先は豪雨と雷鳴、波は飛沫をあげて荒れ狂い、ネプト竜の影もちらほらと見えた。
「なあ、何か分かったのか」
 コウルスはブリーズの問いに、軽く笑んでから答えた。
「なぁに。ネプト竜は神だといわれていただろう。それと同時に、海そのものだとも言われた。そうすると、その加護を受け、かつ、怒りを鎮めるための場所があるはずだと私は考えたのだ」
 いまいちよく理解できず、ブリーズは首をひねる。と、傍で聞いていたイルシオンがさりげなく解釈した。
「つまり、神を怒らせる何かをしたものが、神を祀る場所にいると思ったのだな」
「その通り」
「あ、なるほど」
 中に入ると、外壁の白さとは打って変わって、蒼い石が敷き詰められていた。丁寧に磨かれたそれには、くっきりと自分の姿が映りこんでいる。
 厳かな空気はぴんと張り詰め、自然に口数が少なくなっていった。
「……ここにいるのか?」
「おそらくは……」
 足を進め、ふと止まった。
 そこには大きな竜の像があった。神秘的な蒼い石で造られた、海の神の彫像。頭部を下に、細長い身をくねらせている。力強く、しかししなやかな姿は見るものを圧倒した。
「……すげ……」
 シエルが感嘆の声を漏らした。
「こりゃ……相当古いもんだな。どれくらいなのかは知らないが、かなり年季が入ってる」
 デッシュが像の頭部に触れながら呟き、そしてふと声をあげた。
「なあ、見てみろよ!」
 彼の指が示すそこには、瞳がはめ込まれていたであろう穴が空いていた。片方の瞳は、透明度の高いサファイアがはめ込まれている。
「これは……」
「取れてしまったのだろうな。おそらく……前に起きた地震の影響だろう。その時に外れて奥に入ってしまったんだろう」
 コウルスは冷静に分析しながら、穴を調べている。時折手を穴に突っ込んでみるが、届かないようだ。
「……まだ奥があるらしい……おそらく、この中にあるはずだ」
「でもよ、手がとどかねえんだろ?」
「小人になって入るしかあるまい」
 一瞬、前衛にいる二人の顔が引きつった。
「……マジで?」
「……嘘だろ」
「嫌なら勝手にしろ。イルとデッシュで行く」
「え、ちょっとまって、俺も戦闘要員で決定なんですか」
 デッシュの言葉をさらりと無視する。
「行くぞ」
「ちょっとぉぉ!! お二人さん、ついてってくれよ!! 頼むって!!」
 必死の形相のデッシュ。やれやれ、と肩をすくめ、二人は小さく息をついた。

 暗く深い竜の目の穴。結局五人で進むことになった。魔物は魔法で撃退し、新たに買い求めた魔術も使いこなしながら先へ進んでいく。
「何かよ」
 と、ぼそりとシエルが呟く。
「……獣臭くねぇか?」
「言われてみれば……」
 イルシオンも同じく呟く。
「ねずみの臭いがする」
「ねずみぃ?」
 ブリーズが呆れたように肩をすくめた。
「ねずみの臭いなんて、かいだことあるのかよ? イル」
「……目の前にいるから、そうなるな」
 ぼんやりとしたいつもの口調で、イルシオンは前方を指差す。
 果たして――そこには巨大なねずみがいた。その奥に煌めくのは、間違いない、ネプト竜の瞳だ。
「あっ!!」
 鋭い声をあげてねずみが威嚇する。
「『これは私のものだ、誰にも渡さない』と言っている」
 イルシオンが淡々と翻訳する。特殊な環境の下にいたためか、彼は時折動物の言葉が理解できた。
「つまり……奥に転がってったのを、さらにこいつが持っていっちまった、ってことか」
「おそらくは」
「何にせよ、取り戻さなければな」
 コウルスのその言葉を合図に、大ねずみは歯をむき出して飛び掛ってきた。
「うおぉ!?」
「ひぇー、おーたすけー」
 デッシュが悲鳴をあげて逃げ惑う。ねずみはデッシュの後を執拗に追い掛け回した。
「ああもう、邪魔だなてめーは!!」
 シエルがその体を抱え、さっと飛び退る。ねずみはそのまま壁に追突するが、大したダメージも受けておらずに向き直ってきた。
「くっそ……魔術は苦手なんだよ!」
 デッシュを抱えたまま、シエルは詠唱を始めた。
「シエルちゃんかっこいいぞー」
「やかましい! ――『サンダー』!」
 電撃が弾け、ねずみがもんどりうって倒れる。続いてブリーズの『ファイア』が直撃した。
「よっしゃ、俺ってかっこいい!」
「黙って次の詠唱をしろ」
 ガッツポーズを取るブリーズに杖をヒットさせてから、コウルスも迎撃に回る。唱える呪文は、元は翼ある者に有効な風の魔法、『エアロ』だ。
 重ねてイルシオンの声が、基本三大要素の魔術より少し長い詠唱を唱える。ねずみはどちらを攻撃するか迷った。どちらも危険だが、どちらを先に攻撃すればいいのか――
「『エアロ』」
「――『サンダラ』」
 術は同時に完成した。風といかづち、二つの魔術が絡み合い、鋭い音を立ててねずみを打ち据えた。ねずみは一回大きくのけぞり、痙攣した後に灰となって消えていった。
「……宝玉は」
「傷一つついてねぇや」
 ブリーズは珠を調べ、ぐっと拳を掲げて見せた。
「これでおとなしくなるのだな」
「さっさと出ようぜ。もうへとへとだぜ、誰かさんのせいでよー」
 シエルがデッシュをにらみながら声を張り上げる。デッシュは気まずいのか、明後日の方角を眺めて口笛を吹いていた。
 瞳をはめ込み、もう取れないようにデッシュが細工をしてから外に出た。そこから眺める海は、静かに、穏やかな風を吹かせて波打っていた。
「おー」
「成功だな」
 目を細めて眺めるブリーズに、コウルスもまた満足げにうなずく。
「さて! 帰ろうぜ、あのしょんぼりした兄ちゃんに、このことを報告しなくちゃな!」
 シエルの言葉に賛同する。調子付いたデッシュが、そこにさらにつけ加えた。
「これから宴会だぜー! どーら、シエルが本当に女なのか、そこで酔わせて確かめて……」
「ば……バッキャロおぉぉぉ!!!
 すっきりと晴れた蒼い空の下、鏡のように滑らかな海の上。シエルの絶叫と、盛大に頬を張られる音が響き渡った。

第五章「グルガンの予言」→

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