「ひょっほーい! やりおったな小僧共!」 一旦カズスへと戻ってきた四人を、陽気なあの声が出迎えた。目をやればやけに元気なひげの老人が飛び跳ねながら走ってくる。シドだということは一目で分かった。 「じーさんじーさん、こけるなよー」 ブリーズが声をかける。 「何をぅ、わしゃまだ若いんじゃぞ!!」 あっという間に四人の前に辿りつき、笑いながらブリーズの肩をどついた。 「よくやった! さすがわしが見込んだだけのことはあるわい!」 と、遠慮がちにコウルスが口を挟んできた。 「それで……あの、飛空挺のことなのですが」 「おお、あれか! あれはお前さんたちが役に立てる方が一番いいじゃろう」 「つ、つまり?」 「なぁに、くれてやるよ」 コウルスはほっとしたように笑みを浮かべた。 「それよりも、わしをばあさんの待つカナーンのむらまで連れて行ってくれ! な、頼むぞ!」 四人は顔を見合わせてうなずきあった。 「よっしゃ! じじい、おくれんなよ」 「減らない口じゃな! 小僧!」 「俺は女だ!!」 他の三人に苦笑が起こる。シドはシエルとひとしきり口論を繰り広げた後、 「しっかし……あの大岩を何とかせんといかんのう」 と呟いた。ネルブの谷にある大岩は、サスーン城に向かう途中でも目にした。たとえ力のある者がいたとしても、動かすのは難しいだろう。 「……そうじゃ! 飛空挺にミスリルの船首をつけて体当たりすれば何とかなるかもしれん! ……そうするとこの村のタカじいさんに頼まんといかんな……」 「……じーさん、そりゃいいけど……ミスリルの船首、どこで手に入れるんだよ」 ブリーズの問いにシドは答えない。自分の名案にふけってぶつぶつと呟いている。コウルスは友の言葉を受け、ひとつの問いを提示した。 「ブリーズ。サラ姫の指輪を作ったのはどこの鍛冶屋だ?」 「おう。カズスの村の……って、あ」 「その通りだ。まずはこの村の鍛冶屋に行って頼まないといけないだろう」 「おいおいおい!! じじいがどっか行っちまうぜ!」 シエルが声をあげて走り出した。シドが猛スピードでどこかの家に入っていくのが目に入る。 「ああー」 「じーさん張り切りすぎだろ!」 「……とにかく後を追おう」 三人もぱらぱらとシドの後を追う。シドはそのままひとつの家の中に入っていった。 「何だ何だ?」 中にいた老人は当然驚いて一行を見る。 「タカじいさん! カナーンに行くために大岩を砕こうと思っておるのじゃが……飛空挺にミスリルの船首をつければ何とかなるかもしれんのだ」 その言葉でどうやら通じたらしい。老人は一言待っておれ、と言葉を残し、あっという間に飛び出していった。 「おお、お前ら遅かったな!」 「……じーさんが元気すぎんだよ」 ブリーズがげんなりとしながら呟く。コウルスは息が切れていた。イルシオンは最後にのんびりと家に入ってくる。 「それで……つけて……もらえる……んですか……」 「今付けに行ったところじゃ! そろそろ戻ってくるはずだぞい」 本当にもう戻ってきた。得意顔であるあたり、かなり満足の行く結果になったのだろう。 「礼はいらんよ。村を救ってくれたんじゃからの、当たり前じゃ」 礼を言おうとブリーズが口を開いたのと同時に、汗をぬぐってタカじいさんは笑う。豊かなあごひげをしごきながら職人らしい手で四人の肩を勢いよくたたいた。 「ほれ、がんばっておいで! わしらはここであんたらの無事を祈るとするよ」 「おう、じゃあ礼はいわねえよ! じゃあなじーさん!!」 ブリーズはにかっと笑って手を大きく振ると、まだ息を切らしているコウルスを引きずって外に出た。 「ほれ、早くせんかい!」 シドもブリーズに並んで後ろの二人に声をかける。シエルは呆れて肩をすくめ、状況を理解していないイルシオンの首を引っつかんで走り出した。 飛空挺に取り付けられたミスリルの船首が眩しく輝く。鋭いそれは確かに大岩を砕きそうな迫力を持っていた。 「す……すごい」 息も絶え絶えだったコウルスがたちまち復活し感嘆のため息を漏らす。コウルスの機械好きは昔からで、ブリーズと共にこちらへやってくる前もそうだった。それを知っているブリーズは、感動に目を輝かせている彼を別に止めもせず好きにさせていた。 「早く乗り込め! 出発するぞい!」 シドはもう乗り込んでいる。四人は甲板に足を運んだ。 「よーし、しっかりつかまっておれよ!!」 舵をとり、シドは見事なあごひげを自慢そうに扱いて真正面を見据えた。 「突撃じゃあぁーー!!!」 スピードは最高、エンジン全開。飛空挺はそのまま大岩に突撃し、そして大破した。 * 身を起こすと、五人は草地に投げ出されていた。飛空挺は無残な残骸をさらしたままくすぶっている。大岩は跡形も無く吹っ飛んでいた。それを見たシドは飛び上がって大喜びする。 「ぃやっほーい!! やったぞ小僧共、大岩を突破できたぞぃ!!」 ブリーズは痛む背中をさすりつつ苦笑した。 「ったく……元気なじいさんだぜ、ホントによお」 「……全くだ」 コウルスも力なく笑う。心なしか涙目なのは、久しぶりに飛空挺に乗れたにもかかわらず大破したからだろう。シエルは勢いよく飛び起き、跳ね飛んでいるじいさんの頭めがけて小さな板切れを投げつけた。 どうやら怒り心頭らしく、歯軋りしながら怒鳴り散らす。 「バッキャロー!! 殺す気かよこのクソジジー!!」 「なんじゃ小僧、わしのおかげで通れたものをまだ文句言うか!」 「文句の一つも言いたくなるわクソジジー!!」 「……よさないか、二人とも」 イルシオンがぼんやりした声で二人をいさめる。まだくらくらするのか額を押さえていた。 「そうだぜ、こんなところでぐずぐずしてる暇はねえんだ」 ブリーズもシエルを取り押さえながら言う。シエルはまだブツブツ言っていたが、すぐにおとなしくなった。 「シドさん、カナーンの町はここからどれくらいかかりますか?」 「何、それほどかかりゃせん。歩いてざっと五時間ほどじゃの」 コウルスはそれを聞いて少し安堵したらしい。肩の力を抜いて息をついた。 「ほれ、何しとるんじゃ! さっさと行くぞい」 そんな彼を置いてシドは先に行ってしまう。 「ったく、どんなじーさんだよ」 ブリーズが再び呆れたように呟くと同時に三人もうなずき、後を追った。 カナーンの町はウルの村に比べると大きく、活気に満ちていた。地も石畳で覆われ整然とした街並みを見せている。 「へぇ」 ブリーズはぐるりと見渡してから感嘆の声をあげた。イルシオンも珍しいのかきょろきょろとしている。シドは満足そうにその様子を眺めると、思い出したかのように走り出した。 「お、おいじーさん! 今度は何だ!?」 「わしの愛しの婆さんが待ってるんじゃ! 先に帰るぞい! 世話になったな、小僧共!」 呆気に取られている四人を残し、シドはあっという間に奥の家へ消えていった。シエルがその後を追う。 「な……シエル! お前もどこ行くんだ!」 「うるっせえ! あのジジイ散々人のこと馬鹿にしやがって! もう我慢できねえ、一回ぶっ飛ばしてやる!!」 「シエル!」 猛烈な勢いで後を追いかけるシエルを止められず、結局残った三人も後を追うこととなった。 シドの家に入ると、憤怒の形相だったシエルが呆けたように前を見ているのが目に入った。 「シエル、どうしたんだ?」 「……あれ」 シエルが示した先には、懸命に妻の介護をするシドの姿があった。 「奥さんは……ご病気か何かなんですか?」 コウルスが近づいて問うと、シドは驚いたように彼の顔を見、そしてうなずいた。先ほどまでの元気が嘘のようにしょげ返っている。 「前っから病気だったんだがな……最近めっきり悪くなっちまって」 「……失礼」 シドの奥さんの様子を少し観察したコウルスは、小さく呟いた。 「……私の白魔法でも……これを治すのは無理だな」 「この町のどこかにある幻の薬があれば治ると聞いたんだがのう……」 「エリクサーのことですか」 ブリーズは迷わずその単語を口にしたコウルスに尋ねる。 「エリクサーは幻の薬なのか?」 「ああ。基本的に手に入りにくいからな。一般人にしてみたらなおさらだろう」 「……探したらあるのだろう? 探そう、世話になったんだから」 イルシオンはそう言ってシエルを見た。シエルは複雑そうな顔で黙り込んでいる。 「シエル……」 「……分かったよ。探そうぜ」 四人は改めて表へと出、町中を隅々まで探すことにした。しかし水路を除く全てをくまなく探してみてもそれらしいものは見当たらない。 「どこにあるんだろうな」 「そう簡単には行けないところだろう。例えば……あそこの小島だな、水路を通らなくてはいけない」 「……入り口はどこだろうな」 三人はシエルを見た。 「な、何だよ、急に!」 「シエルのジャンプ力がありゃどこだっていけるよな」 「ああ、そうだな。あれくらいの距離はどうってことないな」 「……」 言いたいことが分かったのか、シエルは眉間にしわを寄せる。 「……俺を使うのか?」 「それ以外に方法が無い」 「頼んだぜ」 彼女は眉間にしわを寄せたまま仲間達をにらみつけ、覚えてろよ、とだけ吐き捨てた。 「お? 何だか急に体が軽くなったわい」 シドの奥さんはベッドから跳ね起きて喜んだ。シドはすっかり元気になった愛しの妻を抱きしめて大喜びした。 「おおお、よくなったのかばーさんや! よかった、よかった!!」 「ちょっと! 人前で何するんだい、恥ずかしいねえ!」 そういう奥さんではあったが、まんざらでもなさそうだ。ひとしきり喜んだ後、シドは四人に向かい頭を下げた。 「お前さんたちには二回も助けられたなあ……ありがとうよ」 「いや……二回目はどっちかと言えばシエルの功績かな」 ブリーズはすっかりずぶ濡れになってしまったシエルを押し出した。 あの後小さな島に脚力を生かしてジャンプし、草に埋もれていたエリクサーを見つけ出したのである。帰る途中足を滑らせて水路に転落したものの、奇跡的にエリクサーは無事だったのだ。 「おおー! 小僧やったな、ありがとうよ!!」 「あ、おう。よかったぜ……って、俺は」 シドの小僧発言に収まっていた怒りが再発したのか、シエルは声を張り上げようとした。 「やだあんた、この子を男だと思ってんのかい!?」 しかしそれはシドの奥さんによって遮られた。 「ん?男じゃないのかね?」 「あんたの目は節穴かい! この子はちゃんとした女の子じゃないか」 改めてシドがシエルを見る。ずぶ濡れになった服は彼女の体に貼り付いていた。それをじっくりと眺め、そして彼ははたと手を打つ。 「おおー! 言われてみりゃ確かにそうだ!!」 「遅ぇんだよこのクソジジー!!!」 シエルの手が動き、綺麗にシドの帽子を吹っ飛ばした。 * シドの家で結局一泊させてもらい、世話になったからとシドの宝物までもらった一行は再び出発することにした。 「また何かあったら来いよ! ばーさんと一緒にもてなしてやるからな!」 「いつでもおいでね! 腕ふるってうまいもの作ってあげるからねえ!」 いつまでも手を振って見送ってくれているシド夫妻に、四人も手を振り返した。 そして再び歩きだす。シドの話によると、この先の山には竜がいるらしい。 「気をつけないといけねえな」 「ああ。さらわれるようなことがないといいんだが」 「ケッ、そんな馬鹿な話……」 町を出て話をしていた四人の頭上を、ふと黒い影が横切った。巨大なそれに一瞬話をしていた三人の口が止まる。 「……」 「……」 「……ん?」 それを追いかけるように強風が吹く。重い羽音が響き渡る。風を切り裂く音と何かの鳴き声、そして近づく気配。 「……こ、これは」 「おい! まさか……!!」 「つかまれるぞ!!」 強いはばたきがあると思ったその刹那、四人の体は空高く舞い上がっていた。鋭いつめがしっかりとつかんでいる。 「くっそー、取れねえぞ!」 「シエル、暴れるな! 体が引き裂かれるぞ!!」 コウルスがシエルを止める。暴れようとしたシエルはぎょっとなって抵抗をやめた。イルシオンだけが懐かしそうに辺りを見回している。 「おいイル? 何してるんだ?」 「……懐かしいから」 「え?」 「こうやって、昔も母さんが空を飛んでくれたっけ」 しみじみと昔の思い出を語りだすイルシオンを、残った三人は呆気にとられたように見るだけだ。肝が据わっているというよりも、単にマイペースなだけなのだろう。とりあえず思い出に浸っている彼はさておくことにした。 「この軌道は……山の頂上に向かうようだな」 竜の行く先を見据えて、コウルスは呟く。隣のブリーズが、風に眉をしかめつつ尋ねた。 「頂上には何があるんだ?」 「巣がある」 コウルスが答えるよりも早く、イルシオンが答えて指差した。そしてそれと同時に、四人は巣の上に放り出されたのである。 「うわっ!」 「いって!!」 「おい、誰だ変なところ触った奴!」 「……うぷ」 四人四色の台詞を吐きつつ、敷き詰められた草の中に落とされる。身を起こして空を仰げば、旋回してどこかに飛んでいくドラゴンの姿が見えた。 周囲には卵が無数にあった。そのうちの幾つかが孵化し、ちび竜たちがもぞもぞと動き回っていた。 「……こりゃ……何と言うか……」 ブリーズがうち一匹をこづく。瞬間、ものすごい声で竜が泣き出した。鼓膜が破れんばかりの剣幕だ。しかもそれに呼応するかのように他の子供も泣き始める。 「馬鹿、何してるんだ!」 「だ、だってよ!」 「やばいぞ、隠れねぇと親が戻ってくる!」 耳を押さえながらシエルが上を示す。影のみではあるが、母竜が異変を感じ取って戻ってきたのだ。 「! みんな、こっちだ!」 コウルスがある一点を示した。不自然だが、穴が開いている。その近くがこれまた不自然にもぞもぞと動いていたが、そんなことは大して気にもならない。 「何ぼさっとしてるんだよ! 行くぞ!」 「あ」 シエルに首をつかまれ、イルシオンもその中に駆け込む。先に入ったブリーズが叫び声を上げたのは、それとほぼ同時だった。 「っわ!! な、何だ!?」 「ぃよう!」 やけに陽気に片手を挙げたのは、何と人間の男だった。おどけたように笑いながら話しかけてくる。 「おやまぁ、こんなところで人に会うなんて!」 「そりゃこっちの台詞だぜ」 呆れながらブリーズが呟くが、男は聞いていない。 「お前さんたちも、あのドラゴンに捕まったクチかい? ドジだねー!」 むっとしたのか、シエルが割り込んできた。 「誰がドジか! そういうあんただって捕まってるクチじゃねぇか!」 「あ? ああ、そうかそうか、はっはっは!」 「笑うな!」 「そういきり立つなよ、坊や」 「誰が坊やだ!!」 とりあえずシエルを引き剥がしてなだめ、名前を尋ねる。 「俺かい? 俺はデッシュ。よろしくな」 「俺はブリーズだ。そっちの白いローブを着てるのがコウルス、帽子かぶってぼんやりしてるのがイルシオン。んで、あんたに噛み付いたのがシエルだ」 「噛み付いてなんかねぇっ!!」 怒り心頭の彼女を、コウルスがなだめすかしている。その様子を見て、男は……デッシュはまた愉快そうに笑った。よく笑う男である。 「わっはっは、おもしれえ奴らだな! 気に入ったぜ」 「……で? あんた何でこんなところにいるんだ」 その質問をされた途端、デッシュはふと顔を引き締めた。真面目な顔をすると、どこか他人と違う不思議な雰囲気をまとっていることが分かる。 「実は俺、記憶喪失でね。名前以外のことは何も思い出せないんだ。だけど……何かをしなくちゃならないんだ……それが何だか分からない……」 「つまり、それを探すためにここに?」 「いや、こりゃ拉致されたのさ。美味そうに見えたのかな、いい男はつらいぜ!」 先ほどまでの雰囲気はどこへやら。またおかしそうに笑い始め、そしてぎょっとした。 「げげっ、マザードラゴンのお帰りだ!! 身を伏せて、隠れろっ!」 大きな羽音、ついに母竜が帰ってきたのだ。音を聞き、四人も身を伏せて上を見上げる。風が吹きつけてくる。子供の竜が喜んで鳴いている声も聞こえてきた。焦り、シエルが切羽詰った声でデッシュに問いかける。 風の音と竜の声でかき消される声は、自然に大声になり怒鳴りあいになる。 「おいあんた! 逃げるにはどうしたらいいんだよ!?」 「まともに戦っても勝ち目はねぇ!! 絶対に逃げるんだ、逃げるんだ、逃げるんだ!! いいな、絶対だぞ!! 一二の三で飛び出して、飛び降りるんだ!!」 しかし、竜にはとっくに気づかれていたようだ。ブリーズが温度の変化を感じ取り、叫ぶ。 「!!! 来るぞ、避けろっ!!!」 刹那、今まで潜んでいた場所を高温の炎がなぎ払った。デッシュを抱えてシエルが避け、近くに降り立つ。何とか避けられはしたが、シエルは利き腕に軽い火傷をしたようだ。 「おい坊主、大丈夫か!?」 「俺は坊主じゃねぇ、女だっ!!」 怒鳴りながら、炎の息吹をかわしていく。コウルスは安全に着地できる場所を探し、杖をかざして合図をした。 「こっちだ!!」 「っし、行くぞ!」 全力で走り出す。それを逃がすまいと翼を広げ、竜が追いすがる。鋭い鉤爪がブリーズを切り裂こうとした、その瞬間。 「!!」 イルシオンがその間に割って入り、両腕を広げた。 「イルっ!!」 イルシオンは両腕を広げたまま、鉤爪の前に身体をさらしていた。その間にシエルとデッシュがコウルスの傍に滑り込む。鉤爪は寸でのところで留まっていた。 『……イルシオン……』 五人の頭の中に、声が響いた。 『いずれ、また会うときがくるだろう。そのときまで、私は待っているぞ。行け! 光の戦士たちよ!』 「母さん……」 「さあ、今のうちに逃げようぜ!」 「おいイル、行くぞ! 攻撃してこない今のうちだ!」 ブリーズに腕を引かれながら、イルシオンは今一度振り返った。昔と変わらぬ優美な姿。雄雄しく空を翔る、召喚獣の長。そして、自分に惜しみない愛情を注いでくれた母…… 「母さん、また……会いましょう!」 『また会おう、我が息子……イルシオン』 異界の母の視線を背に、イルシオンは崖から飛び降りた。 崖の途中途中には、五人が何とか収まるほどの岩場があった。巣から大分遠ざかり、ようやくシエルの治療を施せるというとき、デッシュがおもむろに懐から何かを取り出した。 「これ、やるよ」 「……は?」 「さっき助けてもらっただろ。その礼さ。ミニマムって魔法なんだが、どーも俺には使いこなせねえし……さっき、本当に助かった。ありがとうよ、シエル」 普段なら「俺だって使えねぇよ!」と怒るはずのシエルが、何故か顔を赤らめながらそれを受け取った。他の三人が顔を見合わせていると、デッシュが再び口を開いた。 「さて、その代わりと言っちゃ何だが、お前さんたちと一緒に旅をさせてくれ!」 「俺は別にいいが、他のはどうなんだ?」 ブリーズがとりあえず、他の仲間の意見も聞く。コウルスもイルシオンも問題はないと答えた。 「んで……シエル、お前男に間違われて怒ってなかったか?」 「べ、別にっ!! 怒ってなんかねぇよ!」 「んじゃあ……いいってことなんだな?」 珍しく、シエルはそっぽを向いて頭をかき、勝手にしろと呟いた。これは照れているときのシエルの癖だ。三人ともそれを理解しているので、何となく……何となく、微妙な乙女心を感じ取った。 「そうか、なら決まりだな! 俺たちゃパートナーだぜ、よろしくな!」 差し出された手を、四人が握る。シエルだけが、何故かそっぽを向いたままだった。 治療も終わり、一休みしたところで再出発することにした。 「さあ、行こうぜ!」 デッシュが先に立つ。それにシエルが噛み付いた。 「てめぇが仕切るな!」 「あ、さては俺がいい男だからやっかんでるんだな、坊や?」 「誰が坊やだ!!」 「だー!! とにかく、飛び降りるぞ!」 新たな仲間を加え、四人は慎重に山を下っていった。その姿を、巣の上からドラゴン―――バハムートが静かに見送っていた。 |
第四章「小人と海竜と光の戦士」→
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