風を切る。力強き翼は空気を裂いてなおも飛ぶ。美しき大地にその雄大にして厳格なる姿を映す。白銀の体躯、燃え盛る炎の眼。ほとばしる吐息は悪をのみ焼き払う。 ―――竜の王者、伝説の覇王、バハムート。偉大なる竜は今洞窟へと戻るところであった。竜の王であるとはいえ生き物だ。休息の時間も要する。大きな翼を数回はためかせて空を滑っていく。 『―――?』 と、その目が何かを認めた。急降下していく。もっと近くへ、もっと近くへ……。たどり着いた。そこはちょうど住処にしている洞窟の入り口であった。 『ほう……?』 そこにいたのは小さな赤子であった。泣きもせずぐったりとしている。弱っているのだろう。母親らしき人間の姿も見えぬ。捨てられたのか、それともモンスターに食い殺されたのか。 赤子の体内に光が見える。それは命のともし火でもあるかのように、弱く頼りないものではあったが確かにそうであった。光。暖かい光だ。 バハムートは長い首を下ろして赤子を見た。と、ぱっちりと目を開けて竜王を見たのだ。月の光のごとく気高い銀色の瞳であった。 『美しい輝きだ』 バハムートはできるだけ優しく襟元をくわえて手の中に落とした。そのまま赤子を手に巣へと運ぶ。 『殺すのは惜しい』 ばさりと巣に収まり、比較的柔らかい部分に降ろす。それからまた飛び立った。人間の食べるものは何だかよく分からないが、歯が無いようだったので飲むものの方がいいだろう。 少ししてから巣に戻った。散乱している頭蓋骨の綺麗なものを器にし、哺乳類に頼んで入れた動物の乳を赤子をくるんでいた布に浸して飲ませる。ようやくそれに吸い付いた赤子に少しだけ安堵する。 全て飲ませると、赤子は小さくげっぷをして眠りについた。 『なかなか面白いものだな』 竜王は呟いて目を細めた。自分が愛した人間を、まさか育てよう日が来るとは思わなんだが。 『そうだ……名前をつけてやらねばなるまい……』 丸まって赤子を引き寄せる。温かい体が擦り寄ってくる。 『……イルシオン。これがいい』 髪の毛を軽く舐めてやれば、小さな子供は安堵したようににっこりと笑った。 五年の時が過ぎた。バハムートはイルシオンと名づけた子供を大切に育ててきた。その甲斐あってか、穏やかな性格の優しい子供になった。だがその小さな体からは想像もできないような力が眠っていることも分かった。 今はべったりとバハムートの体に張り付いている。息子の頬を軽く舐めてやると、彼はくすぐったそうに身をよじった。 「かあさん、くすぐったいよぉ」 無邪気に笑う息子に、竜王も優しげに目を細める。しかしその後、バハムートは真面目な声で語りかけた。 『イルシオン』 「なに?」 『私の背に乗りなさい。今すぐに』 「?どうして?」 『早く』 言われるがままに、イルシオンはバハムートの背に乗った。翼を大きく広げ、まっすぐに空を滑る。何が起こったか分からない息子に語りかける。 『イルシオン、いいか。これからお前は人間と共に暮らすんだ』 「!!」 『そして……しかるべきときが来たら、その者たちと共に私の元へ来なさい。私はずっと待っているから』 「やだ!かあさんといっしょがいい!!」 ぐずりだしたイルシオンをなだめるように、バハムートは言った。 『そのときにまた一緒になれるよ、イルシオン。だから約束をしなさい』 「やく……そく?」 『そう。どんなことがあっても、自分の信じた道を振り向かないで進んでいくことを。これからつらいことや苦しいことが待ち受けているかも知れぬ。だがお前なら……私の息子であるお前なら出来るはずだ。中にに光を持つ者として……信じる道を突き進んでいけ』 話がよく分からないのか、一瞬沈黙があった。だがすぐに返事が聞こえた。 「……わかった!やくそく、する!」 『いい子だ……ではそのときまで……私は待っているぞ、我が息子よ』 光が二つ感じられる町へと降り立って、気高き竜の王は息子にそう答えた。 |
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