うねる大波が押し寄せてくる。男は飛竜を引きずり出し、まだ幼い娘を抱きかかえて飛び出した。石となった人々はそのまま波に飲まれていく。間一髪で大空へと舞い上がった。 自分はかろうじて術を避けることができた。亡き妻が自分と娘のために残してくれた護符のおかげであろう。しかしぐずぐずしてはいられぬ。何とかしてここから逃れなければ……。 男は飛竜を操りながら上へ上へ登っていった。空色の瞳に映るものは、飲まれていく祖国と絶望の色。大陸が沈んでいく。何故なのかは分からない。だがこれは紛れも無い事実。風の冷たさと娘のぬくもりがそれを知らしめている。 男は周囲を見渡した。確か図書館で見た本の中に、浮遊大陸というものがあると書いてあった。もしその話が本当なら、そこに逃れるより方法は無い。もしもそれが幻でしかないのなら、どこか沈まなかったところで暮らすしかないだろう。 「竜騎士の血を絶やすわけにはいかぬ……」 低い呟きに娘が顔を上げる。この間十になったばかりだと言うのに、なんと過酷な運命を背負ってしまったのか。 「父上? いかがなさったのですか?」 「シエル……」 大きな手がそっと娘の頭を撫でる。 「強く生きなさい。竜騎士としての誇りを決して忘れぬように」 「はい!」 いつもの条件反射で返事をする娘を、彼は微笑みながら見た。そして懐に抱き寄せマントでくるむ。小さなぬくもりがもぞもぞと動き、落ち着いた。眠かったのだろうか、すぐに寝息が聞こえた。 男は前方をにらんだ。飛竜が警戒して鋭く鳴く。 「娘には指一本触れさせるものか!」 武器も防具も持ってくる余裕は無かった。しかしそれが無くとも、この体で娘を守ることはできる……。 竜騎士は飛んでくるモンスターの群れに、臆することなく突っ込んだ。その更に奥に浮遊する大陸の影が見えた。 * 「飛竜だ!! 飛竜がいるぞ!!」 「落ちてくる……こっちにくるぞ!!」 どよめく人々を押しのけ、トパパは上空を見た。よろめきながら空を舞う一匹の飛竜が見える。様子がおかしい。負傷しているようにも思えた。そして少しずつ高度を下げていく。 その背には、なんと人間が乗っていた。美しい金の髪は神々しいほどにきらめいているが、大半は血で真っ赤に染まっていた。彼は何かを大切そうに抱えていた。 しかし、竜が途中でバランスを崩した。町の者全てが、あっと息を呑んだ。男の体が空に投げ出される。やがて地響きを立ててそれは落下してきた。 飛竜は既に息絶えていた。男のほうはかろうじて息がある。 「もし、お若いの……しっかりしなされ!」 「ここは……娘は」 小さな体は少し離れたところにあった。トパパはコウルスに指示をした。 「コウルス、あの子を」 「わかりました!」 幼い魔道士の卵は駆け出した。トパパは男の様子を見て絶望する。急所を何ヶ所もつかれ、出血が酷いため体温が急速に下がっている。いくら僧侶といえども、今の彼を治すのは無理に近かった。 「娘は……シエルは、どこですか……」 「大した怪我はしていない。無事だぞ、お若いの」 「そう……ですか……」 男は薄らと目を開いた。ハッとするほど美しい空の色であった。 「よかった……。娘を、頼みます。……、ロ……ア、に……永遠の……栄光……あ、れ……」 小さくかすれた声でこう言ったのを最後に、男は息を引き取った。ニーナが近寄ってきて男のまぶたをそっと伏せてやる。 「……責任を持って……預かるぞ、勇ましき騎士殿よ……」 コウルスが走ってくるそのときまで、一同は皆名も知れぬ騎士のために黙祷をささげた。 |
::: Back :::