穏やかな朝の光が満ちる小さな町。人々が明るく挨拶を交わし、鳥がさえずる。その中を駆け抜けていく一人の少年の姿があった。露を含んだ風が彼の明るい茶色の髪を揺らす。 「おっはよぅ、ばあちゃん! 今日もいい天気だな! じいさん、腰痛治ったか?」 大きく叫ぶように挨拶をして手を振ると、町の人たちがにこにこしながら返事を返していく。 「おはようブリーズ! 今日は何をたくらんでるんだい?」 「なーんにもたくらんでませーん!」 「おおブリーズ、わんぱくぼうずめ! 余計なお世話じゃい」 「俺もう坊主じゃねえぞー!」 明るい笑いが起こった。それを他の町の人が笑顔で見つめている。 ブリーズ……この町の僧侶であり長老であるトパパのもとにいる青年だ。風のクリスタルの祭壇に赤子の姿のままいたのをトパパが拾い、町の人間はそれこそ子供のように可愛がっていたのである。 しかしただ置き去りにされていたのではない。なんと彼は違う世界から来たのだという。ちゃんとその時の記憶もあるらしく、トパパもその話はよく聞いていた。だが信じている人間はほんのわずかだ。彼はそんなこと気にしてはいないのだが。 小さな女の子がとことこと駆けてくるのを見つけ、彼は尋ねた。 「おはようアニー、コウルスのヤツ見なかった?」 「おはよう、ブリーズ。コウルスならあそこよ」 アニーは金の髪を揺らしながら笑うと、花畑の奥にある木を指差した。本を読みふけっているのが見えた。ありがとうと言う代わりに頭をくしゃりと撫で、そちらの方に走っていく。 「おーい!! コウルス!」 二、三回呼んだところでやっと気がついた。本から目を離してブリーズを見る。 「ブリーズ。どうしたんだ?」 「っへっへー……ちょっとな」 彼は呆れたように肩をすくめた。明るい緑色の髪の毛を風が弄んでいく。やや内側に巻いた髪の中から尖った耳がのぞいている。彼はハーフエルフなのだ。 ハーフエルフは年を取るスピードが人間より遅い。そのため赤子であったブリーズを抱きかかえていた状態で発見された。大きな子供の姿であった。この時点で三十を過ぎていたのだが、知っている人間はブリーズを含めて少数しかいない。 「また魔道書か?」 「悪いか? 白魔法について書かれた本だぞ。ためになる。読んでみろ」 コウルスは勉強家だ。そして白魔法の素質も十分にある。トパパを師と仰ぎ、その腕を磨いている。きっと今日も朝早くからここで座り込んで本を読んでいたんだろう。 分厚い本を手渡そうとしているのを押しとどめる。 「今日はそうじゃねえって! へへ、いいこと思いついたんだ」 「いいこと……?」 ぼそっと呟かれたが、有頂天になっているブリーズには通用しない。きょろきょろと辺りを見回して問いかける。 「シエルとイルは?」 「呼んだか?」 低い声がいきなり頭の上から降ってきた。見上げれば木漏れ日に反射する金色がある。枝から地面までの距離はだいたいオーガの身長を二つ足したくらい。そこからふわりと飛び降りた影は、なんと怪我一つすることなく着地した。 男のような長身と顔かたちをした人物が歩いてくる。だがブリーズとは異なり、やや華奢な印象をうける。それもそのはず、男に見えるがれっきとした女の子である。 「おーシエル! いいとこに来た!!」 「まーたなんかたくらんでんだろ」 呆れたように見つめる空色の瞳。そこには呆れもあったが、同時に好奇心もある。シエルは言いながら軽く肩をすくめた。 シエルは飛竜に乗ってやってきた。父親は騎士であり、シエルはそれをとても誇りにしていた。サロニアという街からやってきたらしいのだが、詳しいことはあまり覚えていないらしい。十七歳、ブリーズと同い年である。 「たくらみじゃねえって! いいことだいいこと」 「へぇー。俺も誘うってんならイルも来るんだろ?」 「とーぜん!」 ブリーズは胸をそらして笑った。シエルがふぅん、とうなずき、指差す。 「イルはあっちだぜ。連れてくるか」 「おー!」 しばらくして、もう一人の幼馴染が加わった。黒い髪に銀の瞳、冷たい印象を受けるが実際は争いを好まないおとなしい青年だ。イルシオンという名前だが、皆は親愛の意をこめてイルと呼んでいる。 彼は驚くべきことに、大きなドラゴン――伝説の竜王バハムートが連れてきた少年であった。人語を操るドラゴンの王はただ一言、息子を頼むと言い残して去っていった。他の事は何一つ分からない。ただ分かっていることは、彼には動物と会話できる能力があることと、黒魔法と別の魔法の能力があること、そしてバハムートに六年間育てられたということだけであった。 幼馴染の中では十九歳と最年長だが、本人にはあまりその自覚はないようだ。 「……ブリーズ、何だ?」 「イルもそろったし、じゃあ計画話すぜー!」 コウルス、シエル、そしてイルシオンが頭をつき合わせてブリーズの『計画』を聞き始めた。 四人の少年たちはみなしごで、辺境の村ウルの僧侶トパパに育てられた。 大地震でクリスタルが地中に沈み、そこにできた洞窟へとやってきた。 四人は探検気分。 ちょっとした度胸試しのつもりだった―― それから数刻後。明るい日差しの草原から薄暗い洞窟の中を歩き回る四人がいた。唯一の灯りはブリーズの持つカンテラのみである。剣を片手にブリーズが続き、次をコウルス、シエル、イルシオンと続く。 「おー! こーなってんのか」 「……いい加減帰ろう、ブリーズ。おばさんたちに黙って出てきたから、帰ったら何言われるか」 コウルスが心配そうに言うが、それをシエルが軽く笑い飛ばす。 「じじぃたちならだいじょぶだって! おばさんにも出かけるって言ってあるんだし」 イルシオンは一人のんびりとしんがりを歩いている。 「それは今朝の話だろう!? ……もういい、私は帰る」 「お前方向音痴の癖に一人で帰れるわけねえだろ!? のたれ死んでもいいんなら俺はとめねえけどな!」 「な……! ……お前がそう言うのなら私は帰る!」 「二人ともやめろって!」 ブリーズが喧嘩をしそうな二人の間に割り込んで仲裁する。イルシオンはおろおろしながら成り行きを見ていた。 「コウルス、シエルはお前が心配なんだよ。そうカリカリすんなって……それにお前の方向音痴の酷さは俺もよく知ってるし。シエルも少し言い方気をつけてみろって」 「……悪かったな、心配かけて」 「ふん……俺も悪かったよ」 二人が気まずそうに謝りあう。イルシオンがほっとしたように笑顔を見せ、ブリーズが仕切りなおした。 「よっし! んじゃー改めてしゅっぱー……」 刹那。ぱっくりと地面が割れた。一瞬だけ間が空く。 「……え?」 「……こ、これは……」 「……げ」 「……落ちる……?」 四人四様の呟きを残して、あっという間に闇の中に落ちていった。 「ってて……」 「おい大丈夫か?」 コウルスがまず目を覚まして身を起こした。すぐにシエルが助け起こしてくれる。彼女以外は皆気絶していたらしい。高いところから落ちても綺麗に着地できる彼女だけがほぼ無傷であった。 「落とし穴におっこっちまったらしいぜ、どうやら……」 イルシオンが呻きながら身を起こした。背中を強く打ったのか、顔をしかめている。 「ん……うーん……まいったな……落ちたのか、やっぱり……」 「うー、いてて……」 ブリーズも起き上がった。大したダメージは受けていないらしい。首をこきこき鳴らしながら上を見上げた。ぱらぱらとカケラが降ってきている。暗くてどれくらいの高さなのか分からなかった。 カンテラは奇跡的に無事であった。だが照らしてみても天井は暗い。ブリーズはため息をついて三人を見回した。 「はぁー……大丈夫かよ、こんなとこまで来ちまってよ……」 「誰のせいだと思ってんだよ! 元はと言えばお前が言い出したことだろうが!!」 シエルが大声で怒鳴る。ブリーズはそれにむっとしたのか反論した。 「確かに俺が言い出したことだけど、乗ってきたのはお前らだろ?」 「てめぇ……! 責任転嫁する気かよ!!」 「いい加減にしろ!」 珍しくイルシオンが声を荒げた。 「な……イル」 「お前はすっこんで……」 「今は喧嘩をしている場合じゃない! とにかく出口を探すのが先だ、そうじゃなきゃみんな助からないだろ!」 冷たく輝く瞳に強い光がともっている。まずはみんなが助からなくてはならない。瞳が語っていた。コウルスもそうだと言わんばかりにうなずく。ブリーズもシエルも我に返り、互いに謝った。 「……ごめん」 「……わりぃ」 「……」 イルシオンがにっこりと笑う。それから三人を促した。 「行こう、みんな」 「「「おう!」」」 四人は改めてうなずきあった。そしてしばらく歩く。と、先頭を歩いていたブリーズが剣を抜いた。 「みんな、気をつけろ! 何かいるぜ!!」 「あれは……ゴブリン……!? 何でこんなところに」 「なんだかよくわからねえが、さっさと片付けようぜ!」 「……」 イルシオンだけが気乗りしなさそうな風だった。もともと争いが好きではないためだろう。だが今はそうも言っていられない状況だと分かったらしく、腰から短剣を引き抜いた。 「おらおらーっ!!」 「どけぇー!!」 ブリーズの剣がうなる。シエルが高く飛び上がって後ろに回りこみ、そのまま蹴り飛ばし殴り飛ばす。残る二人も必死で応戦した。 「大丈夫か、二人とも!!」 「くっそー……一体何なんだこいつら……?」 全てが片付いてからシエルが呟く。イルシオンもうなずいた。 「あぁ……まいったな」 「ともかく先に行こう。モンスターも出るとなると……話は別だ。危険すぎる。一刻も早く抜けることが先だ」 コウルスが奥のほうに目をやりながらそう提案すると、ブリーズが剣を握りなおした。 「よっし! 先頭は俺様が行く、気をつけろよお前ら!俺様に続けー!!」 「……このお調子者が。状況を知れ状況を」 ぼそりというコウルスの言葉は幸か不幸かブリーズには届かなかった。 敵をなぎ倒しつつ進んでいるうちに、どうやら最奥へとたどり着いた。大きな扉がついた場所であり、どこか他の場所と雰囲気が異なる。 「何だぁ……? 中から光が見えるぜ」 隙間からシエルが覗き込みながら言った。 「あぁ。ここは風のクリスタルが祭ってある祭壇だからな」 「ここが一番奥みてえだな……」 ブリーズが扉を片手で押す。重苦しい音を立てて戸が開いた。クリスタルから放たれる蒼白い光が四人を照らし出す。きらきらと輝く透明な石が祭壇にあった。荘厳ともいえる空気が体に張り付いてくる。 「おー、久しぶりだな」 「そうだな。しばらく来ていなかったからな」 「お前ら何言ってんだよ……」 「俺は初めてだな……ここに来るのは」 美しい光を体全体に浴びながら、四人はまるで吸い寄せられるように中へと入った。まばゆく輝くクリスタルの前に歩み寄ったその時、邪悪な気配があたりに満ちた。 「っな!?」 「ブリーズ!! 何か……来る!!」 「何だこいつは!?」 突如現れた亀のようなものが四人の前に立ちふさがった。イルシオンは完全に油断していたらしく、跳ね飛ばされて床に倒れる。 「イル!! 大丈夫か!?」 「なんとか……くっ」 ブリーズがイルシオンを助け起こす。とげのついた甲羅は彼の肌を傷つけていた。だらだらととめどなく血が流れ落ちている。 「待っていろ、血を止めることはできるから」 コウルスが持っていた杖をかざした。ぽ、と光が灯る。 「おいお前ら! そっちもいいが……このバケモンをなんとかしようぜ!! このままじゃみんな死んじまうぞ!!」 シエルが振り向きもせずに叫んだ。声が切羽詰っている。コウルスたちの盾になるようにして立ちふさがってはいるものの、じりじりと押されてきているのだ。 「そんなこと……分かっている!!」 焦ってコウルスも怒鳴り返す。集中がうまくできないのか、傷があまり塞がらない。 「落ち着け!! 俺らのことは心配するな、そう簡単にやられてたまっかよ!!!」 ブリーズが苦し紛れにナイフを投げつけた。それがうまく敵の目に命中し、亀の化け物が醜い悲鳴をあげて転げる。 「でかしたっ!!」 シエルが持ち前の脚力を生かしてジャンプをする。そして落下の際に全体重をかけ、額に刃をつきたてた。 「やったか!?」 一瞬仕留めたと感じたのか、シエルが気を抜いた。だが。 「!! シエル!!」 暴れまわる亀の固い甲羅に跳ね飛ばされた。いくら外見が男のようだとは言え、強い衝撃には耐えられなかったらしい。硬い床に華奢な体がたたきつけられる。 「ぐぅ!」 「シエル!!」 ブリーズが素早く駆け寄り助け起こす。幸いにして軽傷だったが、頭を打ったらしい。 「……この……野郎が!!!」 とっさに近くに転がっていた何かをつかみ、力いっぱい投げた。ひぅ、と鋭い音を立ててそれが飛んでいき、そしてすさまじい冷気が爆発した。 いきなりのことで投げたブリーズ本人も呆然としてしまう。 「な……何だ!?」 「幸いにして効果有りだったようだな。さっきの宝箱の宝がこれでよかった」 コウルス、そしてイルシオンが後ろに立っていた。それぞれの手には『南極の風』。強烈な冷気を封じ込めた魔法アイテムだ。 「一気に片付けよう。私は援護をするから、これを全て使い切れ」 「……おうよ!!」 「分かった」 「いちち……もう一発おみまいしてやるぜ!!」 シエルが体を起こして肩を怒らせた。こうなったら誰も止められない。ブリーズはイルシオンと顔を見合わせ、うなずいた。 「行くぜ!」 「あぁ」 「おらおらおらー!!!」 シエルが再び跳躍し、そこからもう一本ナイフを投げる。残念ながら甲羅に当たっただけだが、彼らにはそれで十分であった。 程なくして冷気をまとった『南極の風』が二つ、亀に当たって弾けた。恐ろしげな断末魔を残して化け物が四散する。後に残るのは小さな氷の塊と四人の少年達、そして―― 『久しいな、風と水の選ばれし戦士よ』 静かに、だが清らかに力強く輝くクリスタル。そこからは強く冷たい、だが心安らぐ風が吹きつけてくる。 『そして新たに選ばれた炎と土の戦士よ――』 「おいおい」 シエルは汚れた頬を拭いながら呟いた。 「何てこった……クリスタルがしゃべったぜ」 そして沈黙する。クリスタルの静かな声は、まるで脳の中に直接語りかけてくるようなものであった。 『私の中に残った最後の光を……最後の希望を受け取ってくれ。このままではこの光も消えてしまう……全てのバランスが崩れるのだ。光を受け取れば、クリスタルより大いなる力を取り出すことが出来る』 強い風が吹いた。決して不快なものではなく、むしろ暖かく包み込んでくるものであった。 『お前達は希望を持つ者として選ばれたのだ。この世界を消してしまってはならない……』 風に吹かれながら、ブリーズは答えた。 「あぁ。だからあんたは俺達を呼んだんだろ?頼まれたからにゃやってやるさ」 「世界の理であるあなたたちのためにも……異世界人である私達を暖かく迎えてくれた、この世界の人たちのためにも。全力で尽くさせてもらう」 コウルスも真っ直ぐにクリスタルを見つめる。と、シエルがいささか怒ったように声を荒げた。 「ちょっと待てよ! 勝手にてめぇらだけで話を進めるな! 俺には何が何だかさっぱりわからねえぞ!! 大体てめぇら、抵抗ねぇのかよ!? いきなり世界を救えって……」 ブリーズとコウルスはそろってシエルを見る。 「だから、俺達は元々一回あっちで世界を救って……って、あれ? 言わなかったっけ? 俺達、別の世界から来たんだぜ。あっちのクリスタルに頼まれて、いいって言ったからこっち来たんだし」 「はぁ!? あれ嘘じゃなかったのかよ!!」 「……あのな……こいつはともかく、私が嘘をつくと思うのか……?」 「いやそういうわけじゃねえけど、でも……そんな話されても……普通わかんねぇじゃん」 響く声が諭すように響き渡った。 『炎の心を持つ少女よ、この話に偽りは無い。私が呼んだのだ。彼らに協力をしてもらうために。彼らに、お前達と共に戦ってもらうために。希望という光を持つ者達に、闇の侵食を止めてもらうために……』 シエルはイルシオンを見た。呆然としている。 「イル、お前信じるのか? この嘘くせえ話!?」 「……俺は……その」 戸惑いながら、彼は口を開いた。 「信じるとか信じないとかは……本人の意思だと……思う。俺は……戦うことがあまり好きじゃないけど……結果として、この世界を救うことに繋がるのなら……争いが起こらない世界になるというなら……これが、母さんの言ってた光なんだというなら……俺は、やる」 彼女は少しの間だけ視線を彷徨わせていたが、やがて腹をくくったのかうなずいた。 「……父上が……あんまり覚えてねえけど……『人のために、騎士としての誇りを忘れずに生きろ』って言ってるのを覚えてるから……なんか納得できねぇけど、騎士としての誇りのために……人のために、世界のために行ってやるよ」 『ありがとう、光の戦士たちよ……私の光を受け取りなさい……』 瞬間、真っ白な光が四人を包み込んだ。暖かな、そしてどこか懐かしい輝き。力が体中に溢れてくる。全身に光を受けながら、どこかとおくから聞こえてくるクリスタルの声を感じていた。 『さあ、闇を振り払い、再びこの世界に光を取り戻すのだ……クリスタルの光を希望に変えて――』 やがて光がおさまった。傷が癒えている。体のうちからあふれ出す力が、四人に勇気を与えた。 「っし! ありがとな、風のクリスタル」 「お前本気で感謝しているのか……まあいい。これから長い旅になるな……きちんと挨拶をしていかなくては」 「そうだな、そうと決まりゃ早速出発しようぜ!」 「……さっきまで納得してなかったのにな」 「ててて、てめえイル、笑うな!!」 「ほら二人とも、やめないか」 シエルが顔を真っ赤にしてイルシオンに突っかかる。それをコウルスが止めに入った。 『さあ……私の後ろの魔方陣から外に出なさい』 「じゃあまずはウルへ帰ろうぜ」 ブリーズがナイフを拾いながら三人に言う。反対はない。 『これからの旅は長く苦しいものとなるであろう……だが忘れないで欲しい、クリスタルの残した最後の光は、常にお前達と共にあることを……』 クリスタルの声が遠くなる。ゆっくりと吹き付ける澄んだ風を身に受けながら、四人は歩を早めて魔方陣に乗る。銀の閃光が螺旋を描きながら飛び交う中、風に運ばれて最後の声が届いた。 『さあ、旅立つのだ! 光の戦士たちよ――』 * トパパは神妙な面持ちでもって、四人の顔を見回した。 「だから……じっちゃん! 俺達……」 ブリーズが言いにくそうにそう切り出した時、その頭に長老の手が優しく置かれた。 「わかっておる。まさかお前達が選ばれるとは考えもしなかった……いや……いずれこうなることは、コウルスからもう聞かされていたがな……そうか……今がその時とは……」 最後の呟きはどこか寂しげだったが、次に口を開いた時にはその色は無かった。 「……いいか、ブリーズ、コウルス、シエル、イルシオン……これは偶然の選択ではないことを、まず知らなければならない。クリスタルはその意志でお前達を選んだのだ」 一度言葉を切り、トパパは四人の顔をもう一度見回した。四対の瞳がじっと見つめている。 ブリーズ、コウルス。二人は異世界からクリスタルに選ばれてきたと言っていた。あれはまさに本当のことだったのだ。そして再び世界を救おうとしてくれている。それだけ強い光が彼らの中に眠っているのだろう。クリスタルが選ぶにふさわしい器を、心を、この二人は持ち合わせているのだろう。そしてそれは必ずや、新たな二人の戦士を導いてくれるに違いない。 シエル。勝気で、だが優しい娘。あの時彼女の父親が命を懸けて守った娘が、世界を救う戦士の一人として戦いに行く。一人の誇り高き騎士として、選ばれし戦士として。彼女のうちに燃え上がる情熱と炎が、きっとこの子を助けてくれる。これもクリスタルの導きか……。 イルシオン。不思議な子だった。バハムートに拾われて育てられた子。争うことを好まず、とても穏やかな性格になった。持って生まれた強い魔道の力、その破壊の力が今世界のために使われるのだ。守るために戦うということを、彼はこれから知ることになるのだろうか。 「その力を……お前達の光の心を無駄にしてはいけない。旅立つのじゃ! そして闇の力を封じるのだ。大丈夫、お前達なら出来るはずだ……」 「じっちゃん……」 そっと荷物を手渡してくれるのは、四人の母親代わりだったニーナだ。 「とても心配……気をつけていくのですよ。私達はいつでも、あなたたちの無事を祈っているわ」 「おばさん……」 荷物を受け取り、立ち上がった。ブリーズは先ほど購入した二本の剣を腰に刺した。それから皮の鎧を身につける。コウルスはトパパから衣を受け取った。 「白魔道士の法衣……私にですか? ……ありがとうございます……!」 「わしが昔使っていたものだ。お前をきっと守ってくれるだろう」 シエルは軽装だった。武器も何も持っていない。どうやら自分の肉体だけで渡り合う気らしい。ニーナが心配して何度も確認するが、結果は同じだった。 「ナイフとかはどうもしっくりこねえからな。俺はこれでいくよ。大丈夫だって、喧嘩なら強いんだから」 「でももう少し女の子らしくなさいね」 「おばさんは心配性だなぁ……そうも言ってられないだろ? まあ帰ってきてからそういうのは聞くからさ」 イルシオンはホマクから何かを受け取っている。 「今は黒魔道の法衣の方がいいだろう。実際そちらの才能もある。でもお前さんはいずれ違う力が目覚めるだろう」 「……分かりました……その」 「大丈夫。お前さんには十分使いこなせるさ」 にっこりと笑うホマクに、イルシオンも安心したように笑い返した。着替えて戸口に立つ。 「おーし! 忘れ物はないな!」 「お前じゃないからな」 ぼそりとコウルスが言うがブリーズには聞こえていない。 「これでしばらくこことはお別れか……」 「そうだな……」 シエルとイルシオンは名残惜しそうに家を見回した。 「まあ終わったら帰ってこれるさ!」 ブリーズは豪快に笑って二人の肩をたたいた。それから荷を持ち直して歩み始める。 「行こうぜ、みんな!!」 「「「おう!」」」 外から溢れてくる光に溶け込んでいく四人を、ホマクとニーナ、そしてトパパが静かに見送っていた。いつか必ず、彼らが帰ってくることを願って。 |
第二章「炎の魔人を封印せよ!」→
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