目が点になるとはまさにこのことか。 「……何だこりゃ?」 ブリーズが心底驚いたように問いかける。だが答えるものはいない。 「一体何があったのだろうか……?」 コウルスでさえも何も言えないらしい。たったこれだけを口に出し、唖然として目の前に起こっている状態を眺めていた。シエルも同様らしい。言葉を発さずに周囲を見ているだけだ。 ここはカズス。ウルの近くにある小さな村だ。ミスリル鉱が取れることで有名である。四人もその話は聞いていて知っていた。時折カズスの商人がウルに来ていたこともあるからであるが…… この村の入り口にいた旅人の話を聞いてみたのだが、彼は恐怖に震えながら同じことを繰り返すだけだった。これではいくら旅を重ねてきた者でもこたえるだろう。四人はのろのろと顔を見合わせた。 そう。彼らの周囲には半透明になったものがゆらゆらと動いているだけだったのだ。旅人は震えながら言っていた。「幽霊が出る」と。どうやらこのことらしい。 「呪術の気配がする」 イルシオンがぽつりと言った。彼だけが酷く落ち着いている。年の功か、はたまた何も考えていないのか。どちらでも構わないが、この冷静さは結果的に他の三人を落ち着かせるのに役立った。 「お前分かるのか?」 「何となくだが……誰かに呪いをかけられたらしいな」 短い間だが人外のものに育てられた彼は、どうやらそのような空気を嗅ぎ取れるらしい。感心している間もなく、シエルが首を鳴らしながら提案する。 「とりあえず宿屋に泊まろうぜ。もう日も暮れる、休んでおいた方が得だ。明日どうせ歩き回るんだろ」 三人はそれに従い、宿屋に入った。中は明るかったが、広い空間に浮遊する半透明の影をすり抜けて歩くのはいささか不気味ではあった。 「しっかし……一体何があったんだろうなあ」 「お答えするぞい」 突然陽気な老人の声が後ろから響き、ブリーズが飛び退いた。 「うわあ!!? な、ななな何だこいつ!」 「何じゃい、失敬な小僧じゃ!」 影がぷりぷりと怒って透けた腕を振り上げた。が、すぐにそれを降ろす。 「っとと、いかんいかん。怒ると血圧が上がるからのう。わしはシド。カナーンから来たんじゃ」 カナーンは貿易の町であり、多くの商人が訪れる町である。そこから来るためにはネルブの谷を通ってくる。 だがシド(と名乗る幽霊)が言うには、大岩が谷をふさいでしまい帰れなくなり、さらに泊まったらこんな姿になってしまったのだという。笑う老人にシエルが呆れて、 「このじーさん……のんきだな」 「のんきとは何じゃ、小僧」 「俺は女だ!!」 「まあまあまあまあ。それでよ、じーさん」 男と言われて怒り狂うシエルを何とか押しとどめ、ブリーズは切り出す。 「それ治すにゃどうしたらいいんだ? そもそも何だってそんな格好になっちまったんだ?」 周囲の影が集ってきて理由を話してくれた。 あの大地震の後、封印の洞窟で封じられていた魔人ジンが蘇り、魔封じの力を持つミスリルの指輪が作れないようにと呪いをかけたのだという。 そして現在ミスリルの指輪を持つのはサスーン王女サラ姫のみ。さらには封印の洞窟は北の湖を越えたところにあるということを教わった。 「わしの飛空挺があれば湖などひとっ飛びじゃ! そこで……なあ若いの、わしの飛空挺を貸してやるから何とかしてくれんかのう?」 懇願するように周囲の影達も頭を下げる。一同はブリーズを見た。 「……どうする? ブリーズ」 「俺が決めるのか?」 「お前の判断はいつも正しかった。それは私も保証する」 コウルスは軽く笑みながら答えた。しばらくの沈黙の後、ブリーズはうなずいた。 「よし、いいぜ! じーさん、その場所を教えろよ」 「おお!やってくれるか! わしの飛空挺は西の砂漠に隠してあるんじゃ、頼んだぞ!」 「お願いします、旅の方!」 「どうか、どうかジンをやっつけてください! ささ、今日はもう遅い。お代はいいですから上でゆっくり休んでください」 店主と思しき影がそう促す。四人はその言葉に甘えることにした。 翌日の早朝。西の砂漠に隠されていた飛空挺の点検をする。幸いにしてどこにも異常は見られなかった。 「コウルス、お前操作できんのか?」 シエルがやや不審そうに尋ねた。むっとした面持ちでコウルスが言い返す。 「失礼な。私では不満なのか?」 「そうは言ってねえだろうがよ。ただ本の虫のお前が操作するのが意外だっただけだ」 「……微妙な含みが入っているような気がするがまあいいだろう」 法衣のマントを脱いで腕をまくり、エンジンを入れた。そして梶を取る。 浮かび上がる一瞬強く押し付けられる感覚があったが、やがてそれは浮遊感にとって代わられた。飛空挺は勢いよく飛び立った。 「おお! すっげえ!!」 シエルはすぐに興奮してはしゃぎ始めた。あっという間に柱の上に飛び乗ってしまった。 「落ちるなよ、シエル。回収しないぞ」 コウルスの声も届いていない。 「まああいつだから大丈夫だろ」 ブリーズが飄々と言って甲板の先に立った。眼下に見えるのはそびえ立つサスーン城だ。 「お姫さんに会って指輪借りてこうぜ」 「そうだな。路線変更、着地に入る」 シエルがしぶしぶと言った顔で降りてくる。イルシオンは帽子を飛ばされないように押さえながらやってきた。一体どこに行っていたのかは分からないが、彼のことだから甲板の後ろで風景を見ていたに違いないだろう。 サスーン城が近くなる。朝日に美しく輝いているのだが、どういうわけか遠目から見ても人の気配を感じることができなかった。 「……おかしいぞ」 飛空挺を着地させてからコウルスが呟く。 「人の気配を感じない」 「同感だ。俺もさっきからそう思ってた」 ブリーズが先陣を切って降りる。三人も後に続いた。城はしんと静まり返っている。 「……呪術の気配がする」 イルシオンが呟いた。シエルの視線が同時に動き、何かを見つける。 「あそこに誰かいるぜ!」 近づけばそれは一般兵であった。生真面目そうな双眸を四人に向け、息をつく。 「旅の方ですか?」 「おう。あんたは?」 「私は護衛の兵です……それよりも、この有様をご覧になりましたか?」 見ればカズスと同様に、半透明の影が揺れ動く奇妙な光景が広がっていた。 「城の人はみんなジンの呪いで幽霊のような姿にされてしまいました。私は使いで出ていたので助かったのです……」 彼はカズスにも起きたこの出来事を知っていた。途方にくれる彼にとりあえず中に入ってもいいかを尋ねると、彼は快く承諾してくれた。 中もカズスと全く同じであった。半透明の影達が呪いに嘆き悲しんでいる。王の間に辿り着いた時、玉座に座っている影がおもむろに口を開いた。 「よく来てくれた、客人よ」 「サスーン王ですね」 コウルスが丁寧な物腰で尋ねると、彼は数回うなずいた。 「いかにも、私がサスーンの王だ。ジンの呪いによって皆幽霊のような姿に変えられてしまった。ジンを倒さぬ限り元には戻れぬ」 王は沈んだ声で声を発した。もし顔が見えたのなら、おそらくは沈痛な面持ちであっただろう。ブリーズが一呼吸置いて尋ねる。 「……ジンは封印の洞窟にいるんだ……ですよね?」 「その通りだ。だがミスリルの指輪がなければ封印することができぬ」 「それで、サラ姫が持っていると聞いたんだが」 サラという言葉を聞いたとき、王は悲しそうな声で叫んだ。 「おお、そうだ! 昔カズスよりサラ姫にミスリルの指輪が贈られた。だが肝心のサラがどこにも見当たらん!! もしやジンにさらわれたのでは!? おおサラ姫……!!」 王は半透明の手で同色の顔を覆った。大切な娘を案じる父親の思いは深い。その姿に向かい、ブリーズはさらに言葉を繋いだ。強い口調で持って、しかし優しく諭すように話す。 「俺たちが封印の洞窟に行ってみましょう」 王は手を顔から離した。 「おお……戦士達よ、よくぞ言ってくれた……!!」 感謝に満ち溢れている言葉だった。コウルスはそれを聞いてさらに尋ねる。 「それで……封印の洞窟に関して何かお知りになっていることがございましたら」 「うむ、確か……封印の洞窟には一箇所隠し扉がある。骸骨が鍵になっていたはずだ……」 四人は顔を見合わせてうなずいた。そして王を安心させるようにブリーズが拳を固める。 「大丈夫ですよ、王様! 俺たちが必ずジンを封印してみせます!」 「ありがとう……ありがとう……頼む、必ずやジンを倒して人々を救ってくれ……!」 「任せて下さい!」 四人は顔を見合わせてうなずき、城を後にした。目指すは封印の洞窟。魔人を再び封印するために、一同はそこに足を踏み入れた。 * ぱき、という音が響く。辺りには誰のものとも知れぬ骨が散乱していた。先ほどの音は四人が踏みしめて歩く骨の折れる音だ。 「……薄気味悪いところだぜ、ったく……おまけにくせぇ」 シエルが呻くように言って蹴りを放った。コウルスも同感と言わんばかりにうなずき、杖をかざす。 「全くだ……ケアル」 回復の呪文をかけられてゾンビが土に還った。先頭でスケルトンを始末したブリーズが後ろを振り向く。 「おい、まさか骸骨ってこれのことじゃねえだろうな」 「「それは無い」」 二人から同時に突っ込みを入れられ、「それもそうか」と一人でうなずく。 イルシオンは最後尾から炎を放って骨もろとも焼きつくしていた。そして何かを見つけたらしく、指差した。焼け残った骨だった。明らかに何かが異なっている。 「これは……」 ブリーズがそれを剣の先でつついた。瞬間に轟音が響く。 「な、何だ!?」 「おいブリーズ、見ろ!」 シエルが示す先には道が出来ていた。階段が続いている。さらに地下に潜るようだ。ブリーズが警戒したように剣を構え、先頭を歩く。 「……何か人の気配がするんだ。気をつけろ」 緊張が高まる。ブリーズが階段をゆっくりと降りる。一歩、二歩、三歩……そして鋭い音がした。 「!?」 慣れた動作でそれを剣で受け止める。金属同士のかみ合う高い声がした。 相手は細身の剣であった。細身ではあるがよく鍛錬されていることが分かる。だがそれよりも驚いたのはそれを扱う者の姿であった。 「な……お、女?」 そう。華奢な女性であったのだ。豊かな髪を後ろでまとめ、動きやすそうな服に身を包んだ女性だ。大きな瞳を瞬かせて、こちらも驚いたようにブリーズを見ている。 「ブリーズ、大丈夫か!?」 「何だ何だ!? 敵だったら容赦しねえぞ!!」 コウルスが駆け寄り、シエルがブリーズの前に立って構える。 「な、何? あなた達、一体何なの?」 女性は戸惑ったように一歩後ろに下がった。シエルがその分の距離をつめる。だがそれをイルシオンの手が遮った。 「何だよ、イル!! 離せ、こいつ怪しいぜ!」 「よく見ろ」 指差すその先には、細い指にはめられた輝く指輪があった。 「……たぶん、それがミスリルの指輪だ」 「ってことは……つまり」 イルシオンは当然のようにうなずいた。 「サラ姫だろうな」 「「どぇえええええ!!!?」」 ブリーズとシエルが同時に叫んで飛び退いた。コウルスは慌てて女性に確認を取る。 「あの……つかぬ事をお聞きしますが……サスーン王女のサラ姫ですか?」 「その通りよ。私はサラ……サスーン王の娘です」 女性は……サラ姫はうなずいて剣をしまった。その振る舞いからも高貴な空気がうかがえる。 「よかった。魔物かと思ったのだけれど、面白い人たちで」 彼女は美しい顔に笑みを広げた。面白い人たち、というのが少々引っかかったが、ブリーズもまた剣を収めて尋ねた。 「サラ姫……しかし、どうしてこんなところに?」 サラ姫はふとその笑みを消し、軽くうつむいて唇を噛み締めた。 「私はミスリルの指輪をつけていたのでジンの呪いにかからなかったのです。城のみんなを助けたくてここまで来たのだけれど、魔物がいて先には進めません……」 「じゃあその剣は何なんだよ……」 シエルが言うと、サラ姫は少し困ったように剣を持ち上げた。 「途中までは私の腕でも何とかできました。でも……この先からはとても強くなっていて、私一人では行けなくなってしまったの」 「そういうことかい」 ブリーズはサラ姫の肩に手を置いて言った。 「ここは危険だ。お姫さんは城で待っててくれるか」 だがこの言葉に彼女は頑として首を振った。怒りのためか頬に朱が走っている。眉をつりあげて声を張り上げた。 「いいえ! 行きます! そんなに言うのであったらもういい、一人でも行くわ!」 くるりと身を翻して奥に走って行ってしまった。慌てて後を追い、手を引いて止める。サラ姫は一瞬だけ文句を言いそうな顔でにらみつけたが、すぐにおとなしくなった。 「全く……困ったお姫様だな」 ブリーズが頭をかきながら呟く。 「……どうするよ」 「お願い、一緒に連れて行って!」 姫はブリーズの腕にすがり、必死に頼んだ。 「このミスリルの指輪が無ければジンを封印することはできません! サスーンのみんなも……お父様も、助けられなくなるの……」 最後はうつむいて涙声になってしまった。コウルスがぼそりと呟く。 「……鬼」 「なんでそうなるんだよ!! 待て待て、俺まだ何も言ってねえよ!」 「女泣かすなんて最低だな」 シエルもものすごい形相でにらみつけてくる。イルシオンは迷った挙句ぽつりと呟いた。 「……リーダーの意思にまかせよう」 「待て、いつから俺がリーダーになった!?」 三人は顔を見合わせた。しばしの沈黙が流れ、そして破られる。 「「「ほら、お前いつも偉そうだし」」」 「……理由なのか、それ……」 ブリーズがぼやいた時、サラ姫が頭を下げた。地面にぱたぱたと何かが落とされる。それは土の中にゆっくりと染みこんで消えていった。 「お願いします……!」 三人の視線が全てブリーズに注がれる。 「……あー、もう……しかたがねぇな……いいよ、ついて来い」 「! 本当ですか!?」 サラ姫は顔を上げてブリーズを見た。 「ああ、どう言ってもあんたは帰らねえんだろうしな。それにミスリルの指輪がねえとジンが封印できねえんだ、一緒さ」 「ありがとうございます! ありがとう……!」 姫はそのまま笑顔を浮かべて先に立った。ブリーズの隣に並んで彼を見上げる。 「えっと、あなたたちの名前は……?」 「俺はブリーズ。右からコウルス、シエル、イルシオンだ」 「よろしくね、皆さん」 ようやく三人は微笑を浮かべてサラ姫の手を握った。 地下に潜っていく。地下へ地下へ。 「お姫さん、大丈夫かい? ちゃんとついてきてるか?」 「大丈夫よ。ありがとう、ブリーズ」 サラ姫が笑顔で答える。シエルがその後ろでぼそりと呟いた。 「……いいねー、お熱いこった」 「シエル。いくらお前が男に間違われるからって他の女性に嫉妬するのはどうかと思うが」 シエルは問答無用でコウルスを殴り飛ばした。サラ姫がそれに気づき笑う。 「あら、シエルちゃんはもっときちんとすれば綺麗になるわ」 「そ……そうか?」 「もちろん。だってそんな格好してても女の子は女の子、しかも年頃の子は綺麗だからすぐ分かるわよ。ね、ブリーズ?」 いきなり話を振られて、ブリーズは面食らったように首を振った。 「……何で俺に話を振るんだ。イルがいるじゃねえか」 「だって彼、今も何か考え込んでいるし……邪魔しちゃ悪いかなって」 ほら、と示すその先は、ぼんやりと歩いていて壁にぶつかっているイルシオンであった。帽子がその弾みで地面に落ちるが、気づいていないようだった。 「おいイル、落ちたぞー帽子」 拾い上げて頭に乗せてやる。イルシオンは上の空でありがとう、というとまた歩き出した。 「……ね? 彼、いつもあんな調子なの?いつも考え事して」 「あー……あれぁなんも考えてねえよ……気にすんな……」 ブリーズはため息をついて手を振った。 「面白いのね」 「そうか?」 「私、こういう雰囲気嫌いじゃないわ」 サラ姫はにっこりと微笑んでみせる。ブリーズもそれに軽く笑みを浮かべて答えた。 「俺も嫌いじゃねえぞ。こいつら面白いし」 「あなたが一番面白いと思うわよ?」 「俺が?」 ブリーズが眉をつりあげる。サラ姫は笑みを絶やさぬまま繰り返した。 「すっごく面白いわ、あなた」 「……マジか」 「ええ、こんなに面白い人初めて」 「……ったく、このお姫さんは……」 呆れて肩をすくめたその時、シエルの声が届いた。 「おいお前ら! いちゃつくのもいいが前見ろ!!」 刹那、紅蓮の光が後ろに輝いた。サラ姫をとっさにかばって倒れこむ。 「きゃ……!」 「あぶねえ!!」 熱が背後ではじける。続いて熱風が吹き付けた。 「ブリーズ、サラ姫様!!」 コウルスがローブの裾をはためかせながら叫んでいる。その姿もまた目の前をよぎる紅蓮の流れにかき消されてしまった。 炎―――そう、炎だ。 「てめえ、ジンだな!」 シエルが吠える声が木霊する。そこに折り重なるように聞こえる笑い声。サラ姫がその前に躍り出た。 「私がジンをこの指輪で封じます!!」 高らかに叫んで指輪をかざす。 が、指輪は静かに彼女の指にあるのみであった。ジンの哄笑が炎に飲まれる。サラ姫に向けて灼熱の炎が繰り出された。 「お姫さんっ!!!」 ブリーズが飛び出して彼女を抱きかかえた。じゅう、と嫌な音がしてブリーズの背中が焼ける。 「ぐ……!!」 「ブリーズ! しっかりして!!」 「今の俺様にはそんなもの通用せん! 増大した闇の力が俺様に味方しておるのだ!!」 ジンが嗤う。そして手に持たれた剣がひらめいた。そこにシエルがもぐりこんで剣を受け止める。気の力でもって剣を受けたのだろう。甲高い音が響いた。 「手ぇ出させるかよ!」 「小僧が……」 ごう、と音を響かせて紅の蛇がうねった。シエルがとっさに二人を突き飛ばす。自身も身を翻してかわし、そして瞬間にイルシオンの呪文が朗々と空気を振るわせた。 『ブリザド!』 一瞬にして炎が消え去った。ジンがひるむ。 「ブリーズ、サラ姫様、大丈夫か!」 コウルスの杖に光が灯り、ケアルがかけられたことを感知する。痛みが和らいでいく。 「平気だ……でも今のは」 「ジンは炎の魔物……だから冷気に弱いんだわ」 サラ姫は指輪を握り締めた。 「でも……でも……私は封じることができなかった……もう駄目だわ……」 「お姫さん……や、サラ!」 ブリーズはサラ姫の肩をつかんでじっと見つめた。 「諦めてちゃ何もできねえぞ! 大丈夫だ、必ず突破口がある!! 信じろ、信じなきゃ何もできねえ!」 「ブリーズ……」 「とにかく今はジンの弱点をつかんだ、そこをつけば必ず勝てる!」 「でもそれだけじゃ勝てないかもしれないわ……!」 ブリーズはコウルスを見た。理解したのかコウルスがうなずく。 「信じなきゃ何もできねえっていっただろ? 信じるんだ!」 イルシオンの額には汗がにじんでいる。じりじりと押され始めていた。シエルは果敢にも挑んでいるが、こちらも傷だらけになっていた。 「俺が何とかしてみせる! 前もそれで何とかなったんだ、必ず何とかなる!!」 彼は剣を握りなおし、サラ姫に笑いかける。そして猛烈な勢いで走り出した。 「みんなぁあ!! 行くぞおおお!!!」 ジンがシエルを弾き飛ばす。炎はイルシオンの生み出した冷気とぶつかって蒸気を発生させる。視界は悪かったが長年の勘でしっかりと場所が把握できた。気を吐いて応戦する。 剣と剣がぶつかり合い、鋭い悲鳴が生まれる。合間合間に炎が放たれるが、それはイルシオンが許さない。冷気で持って相殺し、その間を縫ってシエルが的確な攻撃をしかける。 傷ついたらコウルスが遠隔ながらケアルを放ち傷を癒す。息の合った連係プレイでもって、確実にジンを攻め立てた。 「うぅぅう……お、おのれぇえ……」 やがてジンが苦しげなうめきをあげた。それと同時にコウルスの後ろから清らかな輝きが放たれる。コウルスは気づいたように叫んだ。 「サラ姫様!! 指輪が輝いています!!」 サラ姫がはっとしたように指輪を見つめた。ブリーズが息をつきながら声をさらに張り上げる。 「サラ!! ジンが弱ってるうちに指輪で封じるんだ!! 信じろ、今ならできる!!」 この言葉に後押しされるかのように、サラ姫はつんのめりながら走った。そしてジンの前で高く高く指輪をかざした。 指輪が聖なる輝きを放ち、ジンを包み込む。その体がやがて霧のようになったと思いきや、まるで空気の中に溶け込んでしまったかのように消え去ってしまったのだ。 「……ジンは……?」 シエルがゆっくりという。 「指輪の力で洞窟の奥へと封印しました」 サラ姫が手を下ろしながら言う。振り向いたその顔は、これまでに無いくらいの安堵に満ちていた。 「ありがとう……あなたたちのおかげで再びジンを封印することができました……後はこの指輪をサスーン城の聖なる泉につければ呪いを解くことができます……」 ブリーズは剣を収めた。そして姫に笑いかける。 「信じたら、できただろ?」 サラ姫はほんの少しだけ赤くなりながら、しかし笑顔でしっかりとうなずいたのであった。 * 指輪の力を借りて転移をしてきた一同は、城の聖なる泉へとやってきた。静かな水面には五人の姿だけが映っている。 サラ姫は額に指輪をつけて何かを祈ると、そのまま指輪を泉の中へと投げ入れた。指輪は小さな音を立てて水の中へと吸い込まれ、そして再び静寂が訪れた。 「さぁ、これでジンの呪いが解けたはず……」 小さく呟いてからサラ姫が振り向いた。笑顔ではあるのだが、どこか寂しそうな色をにじませた笑顔であった。 「ありがとう、あなたたちのおかげだわ。……お別れですね。私はお父様の傍にいなくてはなりません」 それからふっとうつむき、再び顔を向ける。その視線は真っ直ぐとブリーズの方に向けられていた。 「……本当はついていきたい……」 「……」 「でも……きっと足手まといになってしまいますね……」 ブリーズは何も言わず、ただサラ姫の言葉を受けていた。 「旅が終わったら、きっと……いえ、必ず帰ってきてくださいね……私、待ってます……いつまでも……」 そう言うとサラ姫はそっとブリーズの手を握り締め、そしてそのまま走り去っていった。ブリーズは黙ったまま握り締められた手で拳を作り、 「……その約束、守るぜ」 小さく呟いた。コウルスが呆れたように肩をすくめる。 「やれやれ。私達は蚊帳の外、というところか」 「あーあーいいねえお前らは」 シエルがからかう。イルシオンはぼーっとしたままであった。よく見ると目を開けたまま眠っている。相当疲れたのであろう。ブリーズはその額をつついて起こし、ぐいと拳を突き上げた。 「っしゃ、次の目的地へ行こうぜ!!」 「私達の話は聞いていなかったんだな」 「困ったリーダー様だぜ」 不機嫌な二名はさておいて、一行は王から礼としてカヌーを受け取り再び出発することとなった。途中ブリーズは振り向き、夕日に照らされる美しいサスーン城を振り仰いだ。 「……絶対に帰ってくるからな」 紅に染め上げられるサスーン城を見つめながら、彼は呟いて今一度背を向けた。 |
第三章「先へ、さらにその先へ」→
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